24時間・365日「断らない救急」を実践する川崎幸病院(川崎市幸区、一般326床)では、2012年10月から無料の健康講座「かわさき健康塾」を主催しています。地域住民の健康意識を啓発する取り組みで、2018年3月には、延べ参加者数が10万人の大台を突破しました。「地域住民10万人とつながる病院広報」の舞台裏を取材すると、病院が地域住民との信頼関係づくりを重視すべき理由が見えてきました。
平日毎日、病院職員らが講座開催
2018年3月7日に開催された第2053回の「かわさき健康塾」。この日は、川崎幸病院にとって記念すべき日になりました。医療機関が主催する健康講座としては異例の延べ参加者数10万人を突破したためです。
患者側の健康意識の高まりなどを背景に、無料の健康講座を開催する取り組みが、大学病院から診療所まで広く行われています。その中で、川崎幸病院が主催する「かわさき健康塾」の特筆すべき点は、2012年10月から「平日は毎日」というハイペースで、地域の開業医・連携病院・その他医療関係施設と共に、開催し続けてきたことです。
「かわさき健康塾」は、川崎幸病院を運営する社会医療法人財団石心会の広報部門が運営しています。講師は、地域で開業する医師に依頼することもありますが、主には川崎幸病院の職員が務めています。川崎幸病院が、忙しい職員を駆り出してまで健康講座を毎日開催してきた狙いは一体何なのでしょうか。
病院移転を機に広報部門設置
「石心会が広報部門を立ち上げたのは、川崎幸病院が現在地への新築移転を控えていた2012年でした」――。そう話すのは、石心会法人事務局の地域医療推進室長として法人全体の広報を担当する鍋嶌紋子氏(写真)です。大手の広告代理店でキャリアを積んできた鍋嶌氏は、広報部門の立ち上げメンバーとして2012年、石心会に入職しました。
鍋嶌紋子(なべしま・あやこ)氏:
石心会法人事務局地域医療推進室長。外資系スポーツメーカー、大手広告代理店を経て2012年、石心会に入職。2012年より現職。
川崎市に川崎幸病院、埼玉県狭山市に埼玉石心会病院(一般450床、当時は「狭山病院」)などを広域で運営する石心会ではこれまで、広告掲載などの広報業務は施設ごとに行っていました。川崎幸病院事務部の植田宏幸事務部長は、鍋嶌氏とともに病院広報を担当していましたが、「医療連携を行う地域医療連携室はもともとありましたが、それ以外の情報発信については、当時は総務や経営企画などの業務の合間に広告を出していました」と振り返ります。
「地域に根差した医療」にテレビ取材が必要か
鍋嶌氏は、病院広報の主な業務に、(1)病院の全国的な知名度を上げる「全国広報」(2)病院の地域での認知度を上げる・理解を深める「地域広報」(3)職員間の情報共有を密にする「インナー広報」(4)医師や看護師などの職員採用を目指す「採用広報」(5)病院ホームページや広報誌などの「メディア運営」――の主に5つがあると指摘します(「インナー広報」「採用広報」「メディア運営」については別コラムで紹介します)。
植田宏幸(うえた・ひろゆき)氏:
川崎幸病院事務部長。2002年石心会入職。川崎幸病院事務部経営企画室室長、第二川崎幸クリニック事務長、川崎幸病院副部長などを経て、2018年4月より現職。
川崎幸病院の新築移転に向けた広報で鍋嶌氏はまず、「全国広報」に取り組むべきと考え、救急医療をテーマにテレビ局の取材を呼び込みました。当時は「救急車のたらい回し」のような言葉が使われるほど救急医療の提供体制が社会問題視されており、複数のテレビ局の放映を実現させることができました。しかし、取材を何度か受け入れる中で、「求められていることは全国広報ではない」と気付いたと言う鍋嶌氏。理由をこのように説明します。
「適正な情報を(What)、適正なターゲットに(Whom)、適正なタイミングで(When)、効果的な手法で配信する(How)など6w1hを整理して広報ストーリーを考える事は広報の基本です。対象が一般企業の場合、テレビ取材を呼び込むことは効果的でした。しかし、やっていくうちに病院広報では同じストーリーが成り立たっていないのではと思うようになりました。」
テレビ取材の呼び込みを一時ストップさせた鍋嶌氏は、植田氏とともに病院の立ち位置を再確認し、6W1Hと広報ストーリーを見直しました。「救急は地域医療の一環。全国区ではなく、地域の人たちに自院の良さを響かせるべき」と考えるに至ります。「地域に根差した医療をやるためには、テレビに出る必要がないのではないでしょうか。川崎大動脈センターでは全国から患者を受け入れているのでテレビも有効ですが、大多数の患者に病院を知ってもらうべきは、近隣の住民たちです」と植田氏は話します。
署名活動で気付いた病院の認知度
もう一つ、川崎幸病院が「かわさき健康塾」を始めた背景にはエピソードがあります。新築移転を翌年に控えた2011年、川崎市は重症救急患者の応需体制を強化する目的で、「重症患者救急対応病院」の公募を行いました。選定された病院には、他医療機関で受け入れを断られた救急搬送患者を円滑に受け入れる責務が課される代わりに、62床が割り当てられます。川崎幸病院は「救急患者さんを断らずに受け入れているこれまでの体制を、さらに強化したい」と考え、すぐに手を挙げるとともに、川崎市民に理解・協力いただくための署名活動に着手しました。
駅前などに職員が立ってみると、「想像以上に川崎幸病院を応援してくださる市民の方が多くて驚きました」と植田氏は話します。地元の町内会、市民団体を始め、職員総出で活動を続けた結果、署名は8万6000人分集まり、川崎幸病院は重症患者救急対応病院に指定されました。
「かわさき健康塾は、川崎幸病院のために署名に協力してくださった市民の方々に感謝の気持ちをお返ししたいという思いから始まった活動です」と植田氏。こうして、「かわさき健康塾」の開催準備が始まりました。
地域住民にとっては「毎日やる方が絶対良い」
川崎幸病院の新築移転が2012年6月に無事終わると、鍋嶌氏と植田氏は、「かわさき健康塾」の開催準備を急ピッチで進めました。法人内では、10月から平日毎日開催する方針が固まっていました。驚異的な開催ペースですが、「地域の方のことを考えたら、毎日やる方が絶対良いに決まっていますから」と鍋嶌氏は強調します。
とはいえ、「平日毎日」を実現させるためには講師を確保し、聴講者を集めなければいけません。このうち聴講者集めは、町内会の協力を得て、チラシを回覧板や地域の掲示板に載せて行いました。また地元のタクシー会社や薬局なども地域貢献ということで協力をしてくれました。一方、講師は病院職員を説得して確保していきました。
「なぜ健康塾をやるのか理解してもらうまでに時間がかかりました」と鍋嶌氏は振り返ります。それでも、「病院として地域貢献する」という方針を法人が打ち出し、▼医師▼薬剤師▼看護師▼臨床検査技師▼理学療法士▼事務職員―など病院で働く多職種を総動員しました。さらに、連携先の病院・診療所の協力も得て講師を確保し、予定通り10月から毎日スタートすることができました。
当初は苦戦することもあった講師確保ですが、開催回数を重ねるにつれて難度が低くなっていきました。「嬉しいことに、講師を務めた医師にファンが付くこともあるようで、講師を引き受けてもらうハードルはだいぶ下がりました。今では『自分も話したい』と声も掛けてもらうこともあります」と鍋嶌氏は話します。
参加費は無料なため、会場費用は病院側の持ち出しになります。このため、利用料が安い川崎市の施設を活用するほか、町内会や学校、企業などから依頼を受けて、講師が講演先に出張する(会場を病院側が準備しなくて済む)ことで、会場費用を抑えています。
また、職員の講演は基本的に勤務時間内のため、「医師が講演するために外来を休診する」といったことができるだけ起こらないようにスケジュールを調整しています。講師を務めた連携先医療機関の医師には報酬を渡していませんが、講演後、自主的に「かわさき健康塾」のチラシを置いてくれることがあり、「予期せぬ広報効果を生んでいます」(鍋嶌氏)。
多くの病院では、病院広報を「集患のための手段」として考えているのではないでしょうか。これに対して、鍋嶌氏と植田氏は「かわさき健康塾を始めとした川崎幸病院の広報は、地域への感謝の気持ちを伝えるコミュニケーション手段です。そもそも広報だけで患者さんを集めることはできません。川崎幸病院が地域といい関係を築いていけるように情報をしっかり発信していくことが広報の役割だと思っています。」と強調します。
就労中の女性への広報方法が課題
2017年4月、川崎幸病院の外来機能(外科系・消化器系)を担う「第二川崎幸クリニック」(川崎市幸区)では、地域の医療ニーズを踏まえて、女性医師2人体制のブレストセンター(乳腺外科)を立ち上げました。乳がんの検診や診断などのほか、川崎幸病院に入院する患者を対象に、入院生活や退院後の生活に向けた指導を行っています。植田氏は、「入院時支援は2018年度診療報酬改定でも取り上げられましたが、当院では、入院した患者さんに良かったと言ってもらうために、丁寧な説明が不可欠と考えて力を入れてきました」と説明します。
鍋嶌氏と植田氏は、ブレストセンターの開設について、区内に住む就労世代の女性に周知したいと考えて広報活動に取り組んできました。しかし、平日に開催している「かわさき健康塾」には、平日働いている女性はかわさき健康塾に参加できません。鍋嶌氏は「実は、広報的に一番アプローチできていない世代です。今後の課題と位置付けて、現在、新しい手法を考案中です」と話します。
新築移転や署名活動をきっかけに、地域とのコミュニケーション手段として広報活動に力を入れ始めた川崎幸病院。平日毎日、無料の健康講座を開催することで、地域住民との信頼関係を着実に構築しています。新患の獲得策を検討している病院では、▼地域住民とのつながりを重視する川崎幸病院の取り組みが参考になるのではないでしょうか。
連載◆地域10万人とつながる病院広報
(2)グループ連携の秘訣は「患者目線で常に改善」【コラム1】
(3)ホームページは毎日更新、一般企業の「普通」を病院でも【コラム2】