【緊急レポート】「短手3」分析で見えた次期診療報酬減の可能性、全体最適化の視点不在では「経営・医療の質」低下も

 1入院当たりの診療報酬を包括払いにする米国の「DRG/PPS」が事実上、国内に部分導入されつつあり、国内の「DRG化」が確実に進行している。診療報酬の大半が入院初日に支払われるDPCの点数設定「D方式」(GHCでは、隠れDRGと呼んでいます)が2012年度診療報酬改定で、入院基本料などの診療報酬がすべて包括された「短期滞在手術等基本料3」(短手3)が14年度改定でそれぞれ導入された。年々、「隠れDRG」および「短手3」の適用範囲は広まっており、在院日数の適正化や医療資源投入量の効率化などに取り組む環境は、ますますシビアになってきている。

 そこで今回は、「短手3」の中でも各医療機関において症例数の多い「鼠径ヘルニア(開腹)」の在院日数と医療資源などについて、各医療機関の対応状況を確認する。そこから見えてきたのは、新制度対応の裏側で生じた新たな見えづらい課題だ。課題をしっかりと認識し、適切な対応を取らなければ、次期診療報酬改定で「短手3」の報酬が減額される可能性が高い。また、しっかりと病院全体の最適化に着目した対応ができていないと、経営および医療の質低下にもつながりかねない。

請求データにない実際の医療行為も

 今回の分析対象と条件は以下の通りである。

■分析対象
グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン保有のDPC データ

■分析条件
・2016 年1~3 月退院症例(死亡症例、DPC 対象外の病棟に転棟した症例を除外)
・短期滞在手術等基本料3(K633 ヘルニア手術5 鼠径ヘルニア(15歳以上に限る))
・上記条件から、3症例以上存在する406病院4746症例を対象とする。

 まず、図表1では在院日数の分布状況を示している。全症例の約3割を在院日数4日(術前1日、術後2日)の症例が占めており、次いで在院日数3日および5日の症例がそれぞれ2割程度である。入院基本料などの診療報酬がすべて包括される「短手3」では、5日以内であれば在院日数に関わらず、医療機関が得られる点数は定額であるため、在院日数の短縮が重要となる。

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 次に医療資源についてはどうだろうか。鼠径ヘルニアの収益24万4660円(2万4466点)に対し、医療資源5項目(投薬、注射、処置、検査、画像)の1症例当たり平均医療資源投入金額は1万7019円(投薬:2076円、注射:3221円、処置:1665円、検査:6710円、画像:3347円)だった(図表2)。

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 ここからが「短手3」の1つ目の課題だ。

 図表2を見ると、1症例当たり医療資源投入金額が最も低い医療機関は766円、それに対して最も高い医療機関は12万3483円と非常に大きな乖離があることが分かる。通常、コストが低ければ低いほど利益を捻出しやすくなるため、一定の医療の質を確保する基準内でのコスト低減を目指すべきである。ただ、今回の分析で見えてきたのは、「短手3」は診療報酬がすべて包括されているため、実際に行った医療行為を請求データに反映していない医療機関が存在する可能性だ。しかも、そうした医療機関は1つや2つではない。

 16年度の診療報酬改定では、「K633 ヘルニア手術5 鼠径ヘルニア(15歳以上に限る)」の点数は、2万4805点から2万4466点に引き下げられた。この背景には、各医療機関における医療の標準化による結果という側面もあるだろう。しかし、実際に行われた医療行為について、きちんとデータが反映されておらず、実際の数字とかけ離れた医療資源投入金額のデータをベースに点数設定がなされ、その結果として報酬が引き下げられた可能性も否めない。

 鼠径ヘルニアに限らず、「短手3」の症例で行った医療行為を請求データに反映していない医療機関は、請求データに反映しているつもりだったり、そもそも反映しなければならないことを知らないことも考えられる。ただ、実際の医療行為を請求データに反映させることはルールとして決まっており、次期診療報酬の減額につながる可能性もある。請求データへの反映に問題がある医療機関は是非、この機会にご確認いただきたい。

周術期抗生剤、85%が標準化

 次に、1症例当たりの医療資源投入金額が最も高い検査項目について、術日以降の生化学検査別実施率に焦点を合わせて分析する。最も実施率の高い項目はBUN(尿素窒素)で32.5%となっており、病院ごとに実施状況が異なることが確認できた。医療機関によっては、「セット検査に組み込まれているために実施している」というケースも考えられるため、現在の検査内容について精査していただきたい。(図表3)

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 周術期抗生剤投与金額についても確認した。「短手3」であるため、通常のDPCコードでは出来高算定となる術場(手術請求)で投与された1本目の抗生剤についても包括になる。そのため、手術請求および注射請求された抗生剤について1症例当たり投与金額を病院間で比較した(図表4)。全症例の平均投与金額は933円だが、最も高額な病院は8000円近くになっているなど、病院間で大きな違いが見られる。自病院の立ち位置を確認し、1症例当たり投与金額が高額である場合、パス内容の見直しを行っていただきたい。

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 周術期抗生剤の使用状況については、セファメジンが84.8%の病院で使用(ほぼ全症例で後発品を採用)されており、標準化が進んでいると言える(図表5)。逆に15%の病院では改善の余地があるため、抗生剤の使用状況を見直すことで、投与金額の最適化にも寄与する可能性がある。

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マンパワーの選択と集中は必須

 最後に薬剤管理指導料について考察する。これが「短手3」もう一つの課題だ。

 薬剤管理指導料は、「短手3」の対象となる手術を実施した場合、包括評価され出来高で算定はできない。ところが、今回の分析では実施率は平均58.8%と高く、100%実施している医療機関も確認できた(図表6)。

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 患者に対して薬剤師が服薬指導を行うことは、医療の質の観点から考えて重要なことである。しかし、化学療法症例やその他のハイリスク薬などを投与する症例など、服薬指導がさらに必要な症例に対して、服薬指導が十分に実施できていないケースもある。すべての症例に薬剤師が服薬指導を行えればベストだが、それは理想論にすぎない。実際の現場では、薬剤師の人員にも限りがあり、マンパワーの選択と集中は必須だ。どうしても薬剤師による服薬指導が必要な症例であれば悩ましいところだが、通常、鼠径ヘルニアであれば痛み止めの処方程度なので、例えば看護師が最低限の服薬指導をすることでも代用できる。

 潤沢に薬剤師を確保している医療機関でなければ、鼠径ヘルニアのパスを見直し、服薬指導の優先度の高い症例に対して服薬指導を実施するという運用も一つの方法ではないだろうか。そうすることで何より、病院全体としての経営の質はもちろん、医療の質の向上も目指せる。「短手3」の導入でDRG化が進む背景を考慮すれば、今まで以上に病院の全体最適を重視すべきであると言えよう。

 今回は各医療機関で症例数の多い鼠径ヘルニア(開腹)について分析を行った。GHCでは「メディ・ウォッチ・ジャーナル」の前身である「マンスリーレポート」の2014年3月号で、翌月から「短手3」になった鼠径ヘルニアについて、2013年4月-9月退院症例データを基に分析を行い、その当時から在院日数のコントロールおよび医療資源効率化がさらに求められることに言及している。しかしながら、在院日数分布に関しては、今回の分析にもあるように在院日数4日の症例が最も多い状況はその当時と全く変わっておらず、平均在院日数も同じであることから、「短手3」になったとはいえ、在院日数の短縮などパス内容を見直した医療機関は少ないと考えられる。

 しかし今後、さらにDRG 化が拡大される中、これまで以上に医療の質を担保しながら、在院日数の短縮や医療資源投入金額のコントロールなど標準化された治療を推進することが求められる。また、今回新たに「実際に行った医療行為を請求データに反映していない医療機関が存在する可能性」や「薬剤師配置の選択と集中に対する課題」があることも分かった。さらなる経営と医療の質向上に向けて、一症例の最適なマネジメントはもちろん、病院全体のマネジメントという視点にも目を向けて分析に取り組んでいただきたい。

解説を担当したコンサルタント 太田 衛(おおた・まもる)

morimoto 株式会社グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンのコンサルタント。
大阪大学大学院医学系研究科機能診断科学修士課程修了。大阪大学医学部発バイオベンチャー企業、クリニック事務長兼放射線・臨床検査部長を経て、GHCに入社。診療放射線技師、第一種放射線取扱主任者の資格を持ち、病床戦略、地域連携、DPC分析を得意とする。関東地方400~500床台の公的病院における病床戦略策定・機能分化実行支援などを行うほか、日本病院会が手がける出来高算定病院向け経営支援システム「JHAstis(ジャスティス)」」の分析も担当する。